松戸競馬場(千葉県)
1907(明40)年〜1919(大8)年

下総台地と言われる千葉県北部地域は
富士山の火山灰が積もってできた関東ローム層という酸性の強い土地である

農耕には適さない土地が多く、昔は自然のままの原野が広がっていた


そうした原野・荒野に周辺村落から逃亡した馬や捨てられた病傷馬などが繁殖し
その結果、
自然発生的に牧場のようなものが出来たという

そんな牛馬の放養飼育地のことを「牧」と呼んでいた


ここ松戸一帯には徳川幕府により「小金牧」が設置され
馬牧の経営や馬の育成に力を入れ、野馬を近郊農民達にも売ったりもしていた

「馬の里」から「馬里(うまさと)」、「まさと」になり
そのうち変化して「松戸(まつど)」になったとも言われている


そんなこの地に
1906(明39)年:
総武競馬会により東葛飾郡明村岩瀬(現:松戸市岩瀬)に松戸競馬場が開設され

1907(明40)年:
松戸競馬倶楽部により松戸競馬が開催された



1919(大8)年:敷地が
陸軍省の接収を受け陸軍工兵学校が建設される事となり
当時、
交通の便も不便であったが、東葛飾郡中山村若宮(現:市川市若宮)へと競馬場は移された

その際、
松戸競馬場は移転先の中山村の名を取り中山競馬場へと名称変更された



千葉県東葛飾郡明村岩瀬